2010年07月19日

「アウトレット」

少しタイプが古かったり少し傷があったりで、正規品よりかなり安い「わけあり商品」を集めて商売する店。それがアウトレット。この不況下、行列ができるほどに流行っている。身の丈にあっていない高価なものでも手が届く。人気があるわけは、そこにあるのかもしれない。でも、
人間生活のレベルをあげてしまうと、下げれなくなってしまう。アウトレットでいいものを手に入れてしまうと、今までのものでは満足できない。アウトレットで手に入ったものに見合うものでしか満足できない。ということは、今までの自分のレベルでは満足できないということ。
一度背伸びしてしまうと、背伸びで歩いていなければ納得できなくなってしまう。そうなれば自分の本当のレベルでは、納得して生きられなくなることとなる。背伸び歩きで転んで怪我してしまうまで。
安いことは助かるからとても有り難い。だからアウトレットは嬉しい。だけど、
その嬉しいものにも、自分のレベルを忘れる副作用が生まれる危険もあるんだよね。


(2010年6月枚方市民発情報紙LIP掲載)
posted by かおり at 11:55| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「メンテナンス」

本当はいつもいつまでも夢、目標に向かって羽ばたいていたい。翼が壊れたり疲れたり、使い物にならなくなって落ちてしまいたくはない。
だから大切にしたい。翼が動かなくならないように保つ、丁寧なメンテナンスを。翼にゴミがついて重くなってしまわない、できるだけ軽さを保つ丁寧な掃除を。そうやっていつも清潔にしておくことで、翼は敏感さを忘れない。どんなささやかな偏西風(後押ししてくれる風)にも気付き、それに乗っていきたい。そうすれば少しの力で、長く飛んでいけるだろうから。すぐに疲れてしまう私でも。
面倒なんだけどね。地味で面白味も少ないから。だから多くの人は好んでしたがらない。メンテナンスや掃除なんて、そんな暇があるならもっと派手で見た目のいい行動に走ってしまいがち。
でもきっと、そんな面倒なことだからこそ続けると、「偏西風」なんて、貴重なものが手に入るのかもしれない。
それを信じて今日も進んでいこう。楽に飛べるように。

(2010年5月枚方市民発情報紙LIP掲載)
posted by かおり at 11:55| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月17日

「供養」

「元気で生きることが供養。生きてこそそれは果たされる。」
そうとしか言えなかった。親を亡くし悲しんでいる人に。大切な人を亡くし落ち込んでいる人に。私の親は健在だし「一心同体」と思えるほど大切に思う人もいない。「あなたに気持ちは分からない」そう言われれば反論はできない。でも…、
人は一人で生まれ一人で死んでいく。その事実を辛くとも伝えるしかなかった。誰かを追って死ぬこと、それは一見美しいことのように見えがち。でもそれは違う。それ以上ない程の自分勝手なのだ。
ただ死にたいだけ。だけどただ自殺するのは体裁が悪いから、誰かの死を使ってその人のせいに仕立てあげる。まったくもって迷惑極まりない話。その人はそれを望んでいるんじゃない。供養になんかなりっこない。
自分の死を生きてる限り忘れないでいてくれる。それがまだこの世にいる証。いつまでも風化されないこと。それが供養だよ。
後追い自殺、そんなのあり得ない。
posted by かおり at 22:58| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月04日

「視線」

残酷に奪われてく動き
次第に閉じられてく理想
徐々に暗くなる意識
それでも息をする矛盾

逃げれぬ不安に気を取られ
だけど「助けて」言えなくて
順風そうに言われるが
そんな現実嘘じゃない

泣いても変わらない体
悩むほどに悪化する
だんだん反抗心も失せ
ただただ鼓動を響かせる

勝ち気でいなけりゃ潰される
だから「助けて」言えなくて
順風そうに見えてるが
そんな現実辛すぎて

それでも強くいる理由
こんな僕にも向けられる
視線の優しさあたたかさ
それを拒絶はできなくて

それでも笑って生きていく
いつも勇気をくれている
あなたの視線がエネルギー
僕の生きれるエネルギー
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2010年06月26日

「告白」

柔らかいスポンジででき、強い玉の速度を落として文章にして返す。それがこれまで私がしてきたこと。それでいいと思っていた。書けていたから。
思うように書けず、自分のうちを真剣に見つめてやっと気付いた。
私の中には何もない。
って。
壁は来たものを返すだけ。自ら何かを生み出す能力は持っていない。止まったら自ら発信する動力なんてない。
そんな自虐的にならなくても…。あなたはそう言うかもしれない。でも…、
スランプに陥って(おちいって)いる今、そういう告白をしてそれを認めていなきゃ。そうてないとまた思い上がるような気がする。現実から目をそむけ。
現実を受け入れる。それは時としてとても辛いことでも、
それができなければまた堂々巡り。成長なんてできない。
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2010年06月15日

「メンテナンス」

本当はいつもいつまでも夢、目標に向かって羽ばたいていたい。翼が壊れたり疲れたり、使い物にならなくなって落ちてしまいたくはない。
だから大切にしたい。翼が動かなくならないように保つ、丁寧なメンテナンスを。翼にゴミがついて重くなってしまわない、できるだけ軽さを保つ丁寧な掃除を。そうやっていつも清潔にしておくことで、翼は敏感さを忘れない。どんなささやかな偏西風(後押ししてくれる風)にも気付き、それに乗っていきたい。そうすれば少しの力で、長く飛んでいけるだろうから。すぐに疲れてしまう私でも。
面倒なんだけどね。地味で面白味も少ないから。だから多くの人は好んでしたがらない。メンテナンスや掃除なんて、そんな暇があるならもっと派手で見た目のいい行動に走ってしまいがち。
でもきっと、そんな面倒なことだからこそ続けると、「偏西風」なんて、貴重なものが手に入るのかもしれない。
それを信じて今日も進んでいこう。楽に飛べるように。

(2010年5月枚方市民発情報紙LiP掲載)
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2010年06月06日

「ハチ」

きっとまためぐり会える
きっとまた笑いあえる
きっとまた語りあえる
きっとまた相談できる

約束の時を待とう
約束の場所を待とう
約束の機会を待とう

諦めないうなだれない
落ち込まないうつむかない
忠犬ハチ公のように

きっとまた握手できる
きっとまた肩を組める
きっとまた励ましあえる
きっとまた慰めあえる

約束の時間を待とう
約束の空間を待とう
約束の空気を待とう

諦めない沈まない
落ち込まない顔あげて
忠犬ハチ公のように

待つ勇気待てる勇気
信じる勇気疑わない勇気
忠犬ハチ公のように
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2010年05月25日

「ブーム」

どんなに努力していても
結果はすぐに現れない
結果の強さは継続と
そんなの知ってるはずなのに

けれど人間強くなく
すぐに諦め飽きたがる
だから成長できなくて
進歩できなく元のまま

どんなにいいこと知ってても
効果はすぐに現れない
継続しなけりゃ意味はない
そんなの知ってるだけれども

だけど人間弱いもの
すぐに怠けてやめたがる
だから何もできなくて
先に進めず元のまま

僕には何も言えないよ
そんな権利は誰にもない
たまにはがゆく思うけど
右向け右の世の中を
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「公人」

もっともっとを求められ
文句ばかりが先立って
認められることなんてなく
倒れることすら疎まれ(うとまれ)る

高給取りとは言うけれど
お金だけが全てかい?
人間性すらなくしてく
そんな覚悟はしてるけど

まだかまだかと責められて
不満ばかりが先立って
認められることなんてなく
それに不平はないけれど

高給取りとは分かってる
全て税金人の金
人間性など求めない
そんな覚悟はできている

こんなことを書く僕は
珍しいこと知っている
世間知らずとされるかも
だけど
感覚裏切りたくはない
posted by かおり at 20:35| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月16日

「探そう」

誰だってきれいですっきりした環境で生きたい(ゴミ屋敷の住人のように、ごくまれにそうではない人もいるが)。だから本当は知っている。周囲をきれいに保つ、「掃除」の大切さを。「環境保全」の大切さを。
だけどそれには、少なからず地味で目立つことのない努力がいる(掃除って地味で目立たないでしょう?リサイクルって面倒だったりするでしょう?)。だから多くの人はそれを嫌い、その“つけ”として汚く汚れた周囲にあたふたすることとなる。
ねえ。もしも今はそんな地味で面倒なものが、することでテンションの上がるものになったら?好きな人の笑顔を生むものになったら?やってみようと思うようになるんじゃない?嫌じゃなくなるんじゃない?
そう。だから探そう。大切なものと知っているけれどそれが嫌われものなら、その「嫌い」が少しでも和らぐ方法、アイテムを。
そして広げよう。みんなでその大切なものを大切にできるように。

(2010年4月枚方市民発情報紙LIP掲載)
posted by かおり at 09:59| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月02日

「そのために」

汚いことが目立つのは
きれいなことを守るため
きれいなことはか弱くて
すぐに汚泥(おでい)に沈むから

汚いことをつくるのは
きれいなことをつくるため
理解できる人なんて
いるかいないかだけれども

汚いことを先導に
きれいなことはやって来る
きれいなことは臆病で
すぐに隠れてしまうから

汚いことをつくるのは
きれいなことをつくるため
非難しない人なんて
ほんの少数だけれども

理解する人少なくて
傷付くこともあるけれど
前を向くこと忘れない
いつかはきれいをつくるから

そっぽ向かれること多く
落ち込むことは多いけど
僕は前を向いていよう
いつかはきれいをつくるから
posted by かおり at 23:23| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「嫌だから」

人間楽なことが好き。楽を覚えてしまうと、これまで普通にできていたことでもできなくなる。したくなくなる。
電卓がそう。携帯電話やパソコンがそう。
電卓がそばになかった時、必死で暗算をしていた。でも今、いつもそばに電卓がある。計算なんて電卓にまかせておけばいい。暗算なんてしなくていい。携帯電話やパソコンがそばになかった時、暗記に必死になっていた。でも今、それらがそばにある。だから暗記なんてそれらに任せっきり。頑張らなくていいのは楽だから。ついついそれでいいと思ってしまいがち。
何も考えずそうしていればどんなに楽だったろう。これからでもそれを選べば、こんな苦労をする不器用な生き方からは解放されるだろう。なのに、
どうしてもそれができないのはきっと、知ってしまったから。それに頼った結果の現状を。使うつもりで作ったものに支配されている現状に。
そんなの悲しくない?
人間はそんなものなのかい?
少しでも抵抗したがる。それは単なる「やせ我慢」?
posted by かおり at 23:20| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「川」

知識は流れる川の水。その流れは速かろうが遅かろうが、途切れることなくいつも目の前に流れ続けている。水の流れる場所は多種多様。外出先だったりテレビの中だったり。
川からその水を汲むか汲まないか、自分の溜め池に引き込む用水路を造れるかどうかで変わってくる、自分の水の量は。それによって変わる。選択枝の量は。
それに気付いた今、流れていくものにいつも意識を集中し、ことあれば水が汲めるよう用意している。心のひしゃく。気を抜けば流れていってしまい、無駄にしてしまうから。自分の中に溜めたり、自分のものとして地下水とできるように。
これまでそれに気付かず、無駄にしてきた水がどれだけあるだろう?と思う時、すごくもったいなかったんだなあ、と後悔もする。もう一度戻ることができたら、なんて悲しくもなるけれど。
過去は取り戻すことなんてできない。後で気付きながら、勉強しながら今日も生きていく。生きていこう。
川のように知識と共に流れる未来はきっと、今より明るくできる。そんな希望、目標を胸に。

(2010年3月枚方市民発情報紙LIP掲載)
posted by かおり at 23:19| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「自縄自縛(じじょうじばく)」

嫌なもの・汚いもの・目にしたくないものでも、意識に関わらず願いが叶わないのは生きているから。それが嫌だからと死んでしまったら、ため息をつくこともできなくなってしまう。つまりため息をつけるのは生きている権利なんだ。
そう思うと、たとえマイナスなことも愛しく(いとしく)思えてしまう。それは生きていることの証なのだから。ため息をつける権利を失っていないことを確かめられることで、生を確信できるのだから。
そんなことを書くと、私はさもお気楽な人間に見えるかもしれない。あるいはあまりにも現実離れした、高尚な人間に見えるかもしれない。
だけどそれは少し違う。
私はとても流されやすい人間。楽なことが好きでしんどいことをすごく嫌う人間。これまでもよく逃げてきた人間。そのことで、色々なもったいない損をしてきた人間。だからこれを書くことは、自分への戒めでもあるのかもしれない。
自縄自縛
自分を自分でがんじがらめに動けなくしてしまう意味の四字熟語。でも、
マヨネーズなどのチューブを縛れば、勢いよく中身が前に飛び出る。調整することは難しいが、それも前進する力になるのでは?
posted by かおり at 23:19| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「見守り」

そうでないか?と騒がれてしまうと、たとえそれが心配してもらえてたとしても…。そうでなかった場合、その当事者は思うように動けなくなってしまう。大事(おおごと)になってしまうとその束縛は強まる。
誰だって期待には反したくないんだから。そう騒がれているなら、そうでなければいけないように思ってしまうから。そんなことない、と言われても。たとえその騒ぎがマイナスなものだとしても。「なんだ」という言葉に傷付いてしまいたくないから。
その時すでに傷心であれば、そこ(傷付く可能性)から逃げたい離れたい。それはごく当然のこと。
なのに皮肉だね。その当然をすると、逆に悪いことのようにされてしまう。悪い人間のようにされてしまう。休みたい時は誰だって休みたいのに、放っておいてもらえないなんて。黙っておいてもらえないなんて。
そうでないか?なんて勝手に決め付け見守りがされないことは、ある意味「放任」より辛いかも。
自分は自分を生きていたい。いついかなる時も。
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「錆(さび)るから」

たとえどんなに「好き」でそれが自分の「夢」だと思うことでも、やらなくなってしまうとできなくなってしまう。
しなくなってしまう原因は沢山ある。
働かなければ生きていけない。その中でどうしてもそれに費やす時間がなくなり、やらなくなってしまう。「いつまでも叶わぬ夢ばかり追っていることは子供でしかない」と思ってやめてしまう。またどんなに好きなことでもスランプが起きることがあり、できなくて面白くなくなってやめてしまう。
そう。今はこんなに書けている私でも、一時期はスランプで書けなくなってしまったことがある。辛くて辛くて、やめたくなったことがある。そう。私だっていつもきれいなわけじゃない。書けない時は、その時書ける童話や官能小説を書いていたこともある。想像力という感覚を忘れないためにね。それは今でも。隠したい汚い現実くらいあるさ。自分のためならそれも悪いことじゃないさ。
感覚は錆やすい。錆たら生まれてもスムーズに出なくなってしまう。そんなの嫌でしょう?
posted by かおり at 23:18| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月12日

「かゆくて」

憎まれ口しか叩けない
かわいくなんてないのに何故か
いつも優しく見守って
笑って待っててくれている

それが親さとあなたは言う
君もいつかはできるよと
君はわたしの子供だから
きっとその「血」は持っている

いつもなんだか減らず口
素直になれないのに何故か
そんなのいいよと見守って
いつも捨てずにいてくれる

それが親だとあなたは言う
見返り求めずいられると
いつか君もできるよと
その「血」は裏切ること知らない

本当は言いたいありがとう
だけど言えないありがとう
今まだここに生きている
背中がかゆくて恥ずかしい

こんなん書くのはまだ早い
今まだここに生きている
もしもあなたにばれたなら
背中がかゆくて恥ずかしい
posted by かおり at 07:55| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月09日

「進化」

「すごくいい両親だよね」、とよく言われる。「すごくいいお医者さんついてるよね」、とよく言われる。「周りの人みんなすごくいいよね」、とよく言われる。実際すごくそれに助けられているから、いつもありがたいと感謝している。私はとても運がいいと。でも、
運は自分でつくるもの。自分がつくるもの。基本的にそう思い、私は運を失わないために日々の勉強を忘れない。運を開き離さないためには、いつも自分を磨き魅力的であることが大切だと思っているから。
“類は友を呼ぶ”、どっちが上でもなく下でもないドローの関係でいること。助けてもらいたいのなら、自分も誰かを助けられる人間でいたい。それが飽きられないために必要なこと。
いろんなことを勉強して自分を磨いていれば、進化の可能性は増えるんだ。それを信じていきたい。
運に味方されているならされたいなら、いつも全力でいなきゃね。現状に満足することなく。運は怠け者が嫌いなのだから。
posted by かおり at 00:06| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月01日

「したくない」

昔から言う。
一度中途半端で終わらせてしまうと、もうそれからは中途半端なことしかできなくなる。
どんなことであってもしんどい、辛いことはつきもの。楽しい、楽なことばかりなんてあり得ない。どんなこともしんどい、辛いことに立ち向かってこそ大成する。そこから逃げてばかりでは、いつまで経っても何も成し遂げられない。
でも人間は楽なことが好きで、すぐにくせにしてしまう。そして楽なことがくせになってしまうと、しんどいことが入れ込めなくなる。そしてしんどいことと向き合うことで可能となる成功が、いつまでもできなくなってしまう。それでは自分が悪いのに、誰かのせい(責任転嫁)しかできないつまらない人間になってしまう。「口ばっかりで何もできない奴」なんて、聞こえの悪いレッテルを貼られて。
そんなの悔しくない?
私は悔しい。だから長くコメントがなく「ブログやめようか」と思うことはあっても、それを(やめること)しないんだ。
それはいわば未来を諦めないこととだから。
posted by かおり at 21:18| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月25日

「走るのは」

打てば響く。だから力が必要でも打とうとする。勉強すれば点数が上がる。だから面倒でも勉強しようとするように。
何かすることは時としてとてもしんどい。だけどそれに、大なり小なり何かしらの反応が返ってくるから、「やってみよう」と思う。もしも何も反応がなければ、思いが冷めてしまうのは時間の問題で…。悲しみしか生まれず、やるせなさしか残らないのだから。
打っても響かない鐘は不良品として捨てられる。勉強しても点数の上がらない科目は、「苦手科目」としてほうっておかれる。目も向けてもらえない。どんなに大切とは知っていても、それにそっぽを向かれていれば、それは自分にとって不要物となる。あってもなくても別にいいものとなる。
そんな風に、お互いが悲しむ状況をつくらないために今日も走る。誰かが呼ぶ声に少しでも応えられるようにと。誰かの悲しみを生んでしまわないようにと。
まあ自分が無理せずできる範囲で、だけどね。

〈追記〉
走るってのは、もちろん精神的な表現です。

(2010年2月枚方市民発情報紙LIP掲載)
posted by かおり at 21:54| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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