2010年12月29日

「どうしたら?」

靴下をあべこべに、種類を間違えはいていてもあまりバレない。それはそれ以上に目立つものがたくさんあり、靴下なんて小さなものは打ち消されてしまうから。
その逆のこと。私たち車椅子に乗っている人間は、その他たくさんあるはずのシーンはなかなか目にして気にしてもらえない。車椅子、その事実が目立ちすぎて。
車椅子は個性を奪う。私たちは「車椅子の」でひとくくりにされ、いくら何をしていても個別に評価されにくい。何をしても無駄。振り向いてもらえない。だったら何もしない方が楽だし…
そんな惰性(だせい)。それが私たちを消極的にする。どうでもいい。自分の体を保つことににすら。そう、自分すらかえりみなくなる。どうせ見てもらえないんだからと、姿形すら気にしなくなる。
確かに車椅子であることは現実。でもそれだけじゃないんだ。
うまい伝え方を今日も模索する。
posted by かおり at 00:05| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月28日

「外したい」

「私記憶力悪いから…」
そう、記憶力記憶力とみんな言う。それが一つの能力のように、自分を卑下したり誰かをうらやましがったり。でも、
「それは違うんじゃない?それは言い訳じゃない?」私はよくそう言う。
だって好きなことは誰でもよく覚えるじゃない。それとなかなか覚えられないもの、何が違う?
そう、大事なのは記憶力じゃない。大事なのは注意力。どれだけ覚えられるか、それはそこにかかってくる。
注意力散漫。その言葉は馬鹿にされているよう。だから「記憶力」という言葉はある。つまり後付け。言い訳。少しでも聞こえがいいように。
つまり、いつになっても記憶力は鍛えられる。だってそれは注意力ですもん。方法だって簡単。覚えたいものに注意してればいいんだから。
人は「諦め」という鎖で、持っているであろう無限の可能性を縛ってしまっている。それはきっと私も。それを外すのはとても難しくて…
posted by かおり at 22:47| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月16日

「見もの」

楽としんどいは1セット。"美しい薔薇には棘(とげ)がある"、甘い言葉の奥には必ず落とし穴がある。昔から言われる通り。だけど、
人は甘い言葉しか見ない。甘い言葉にはすぐに食いついてしまう。その裏にある落とし穴には気付かずに。
いや、気付いているのかもしれない。"臭いものには蓋"。ただ見ないふりをしているだけで。
今にはじまったことではないが、ダイエットと名がつけば何でも売れる。いつまでもそれは変わらない。ということは、それで痩せれない人がほとんどだから。
見てみるといかにも楽そうな文句が並んでいる。人はそれにすぐに食いつく。罠と気付かずに。
そう、それは罠。だって、
楽としんどいは1セット。書いてある楽なものだけで完結できるわけはなく、蜜を見せて手を出させているだけ。それを罠と言わずして何と言う?
さて次はどんな罠が仕掛けられ、どのくらいの人がそれに捕まるのだろうか?
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2010年11月25日

「選択」

病気や障害は罪じゃない。
難病と言われるものと共存しながら親元を離れ、一人暮らしを続けるのはそれを伝えるため。言葉だけの薄っぺらいものでなく、実際の肉付けをされた形で。これまでもそういう人は沢山いた。あなたがしなくても、そう言われるかもしれないでも、
全ては風化していくもの。難病という、ケースが少数のもののスピードは特に速い。
そんなの食い止めるべきでしょう?
病気や障害は罪じゃない。
あんたなんかどうだってない!
病気や障害
後からノコノコやってきたものに主導権なんて渡さない!
そう言えるのは強いから、なんて諦めるのは簡単。実際私だって何度諦めかけたことか。こんな生き方しんどいから。
病気や障害は罪じゃない。
だけど胸を張って生き続けていたいから。これは譲れない私の選択。未来への扉を今、こじ開けるために。
posted by かおり at 00:55| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月15日

「ポジティブシンキング」

会えない時間ははがゆく辛い
待ってる時間は不安で嫌だ
信じてるのはとてもしんどい
投げ出せれれば楽だろうけど

暗くなるのは好きではないし
諦めるのはすごく悔しい
下を向くのは簡単だけど
それじゃあ誰も振り向かないよ

会えない空間悲しく寂しい
待ってる空間安心できない
信じることが長くなると
全てを手放し逃げたくなる

暗いの人間好かれ(すかれ)はしない
諦めるのはもったいないだけ
下を向くのは格好悪いし
それじゃあ誰も笑わないから

かなわないかもしれないけれど
明るい場所でいつか会おうそのため僕がやっていくこと
焦らずクサラずゆったりいよう
posted by かおり at 23:24| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月11日

「井戸端会議」

「なんで?みんな別のこと話してるのに、最終的に分かり合えるんて…」
いつもそんな疑問を口にする人がいる。
答えは簡単。登り方や道が違っても、それが同じ山なら頂上は一つだから。乗り物を使おうが徒歩のみで行こうが、目的地は同じだから。行き先が同じならたどり着く話題が同じなのは当然。これまで生きてきた経験によってそこまでの選択が変わるだけで。
疑似体験。それぞれの言葉を真剣に受け止めることにより、それぞれの経験から生まれた答えを知ることができる。
こんな方法もあったんだ…
自分一人では思いもつかなかったものが語り合いで見えてくることがある。
井戸端会議それは、沢山の経験を聞くこと。つまり経験値を増やすこと。
自分の考えが一番。
なんて、自分のつまらない"エゴ"と闘わなければいけないこともあるけれど。
posted by かおり at 21:28| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「同じじゃない」

自分の歳と同じ回数同じ季節を過ごしてきた。春・夏・秋・冬、言葉にすればそれは同じ。でも、
本当に同じ?何も変わらない?
そう。それは同じで同じじゃない。年の数だけいろんな春、・夏・秋・冬を経験してきたんだ。一期一会。全く同じ季節は二度とやってこない。暑いだけが夏じゃない。寒いだけが冬じゃない。その時にはその時の色や匂いがある。季節に向かう気持ちもそれぞれ変わる。なのに、
日々の生活でいっぱいいっぱい。周りを楽しむことなんてできてない。大きくなって街に馴染んでいくにつれて小さくなっていく心。物の進歩発展によって忘れていく変化の楽しみ方。駆け抜けることだけに必死でそのバックグラウンドには目も向けない。そんな日々。
それで進化なの?成長なの?
こんな反省を心に描いてしまう私。やっぱ変だよね。知ってるよ。でもそれがまぎれのない本当の私だから。
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2010年10月28日

「いいじゃないか」

「個性的だね」、そう言われるのは好きなのに「変わり者」「変人」とされるのは嫌。

どう違う?
人は「変」と言われることにどこかしら恐怖を持っている。かく言う私も以前はそうで、誰かの顔色を見てからしか行動できなかった。だから行動が一足遅れたり、機を逃して悔しい思いをしたことがある。だからある時思った。
自分の意のまま(心のまま)にできるのならいいじゃないか。変なら変で。もちろん犯罪はいけないけれど。
思い切った開き直り。だから、自分の行為を迷惑がっている人はきっといるだろう。でも…、
それで笑ったり喜んでくれる人がいるならそれでチャラ。そう思うことにした。これまでのように思い悩み、動けなくなるなんてもったいないから。
そう。私は変人(変態)でいい。むしろそれを誇りにしているくらい。
「変」は私にとって褒め言葉。そうすることで、生きることがとても楽になった気がする。

上等!
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2010年10月18日

「一人暮らし」

会えないことが辛い時
許してください逃げること
過去の光が懐かしく
今の光は見えてない

何度繰り返しただろう
それで変わりはしないのに
いつもたやすい方法で
僕を一時(いっとき)なぐさめる

できないことが辛い時
許してください負けること
過去の栄光眩しくて
いつも今を虐げる

何度繰り返しただろう
今は一度きりなのに
大事な今に目を閉じて
流れを無駄にやり過ごす

いつもは強気な僕だけど
気を抜きゃこんなに折れやすい
少しはタフになるために
一人暮らしはしてるけど
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2010年10月05日

「残せてる?」

消えない足跡を残せてきただろうか?残せているだろうか?
人は二度死ぬそうだ。一度は命がたえた時。そしてもう一度はみんなから忘れ去られた時。
次第に動かず行動が限定されていく体。これまで会っていた人と会えなくなっていく体。だからいつも恐ろしいのは後者。生きながらも忘れ去られてしまうこと。
いつもアクティブに行動し、沢山の人と交流をしてきた。
今思えば、私は動けなくなるだろう未来の自分の首をしめてきたのかもしれない。できなくなるだろうこと、会えなくなるだろう人を増やしてきたのだから。寂しがり屋。その私の首をしめてきたの?そんなことを思って暗く落ち込んでしまうことがある。
だけど過去には戻れない。
その時はそれが最良の生き方だった。そう思うしかないんだよ。そう自分を慰めるしかできない。
そう。今みんなにたずねられることはこれしかない。
私は消えない足跡を残すことができた?消えない足跡を残すことができてる?
posted by かおり at 21:13| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月25日

「何にしよう」

喜ぶ年ははるか昔に
いつしかため息重く寂しく
過ぎた日々を思い出しては
老いる事実がうらめしくいる

昔はそうしか思えなかったんだ
加齢は単に落ちることだとしか
だからこの日を嫌しか思わず
カレンダー黒く塗り潰していた

そうじゃないんだ気付いたのは
どの出来事かは覚えていないが
そりゃあ今でもこの日は苦しい
だけどだからページをめくれる

僕だけ書くのを許されている
本の続きをどうしていくのか
どれだけ楽しいものをつくるか
ページは本の重みをもたすのさ

人生という一つの本を
中途半端に終わらせないため
ページをめくれる誕生の日に
はたして僕に何を贈ろう
posted by かおり at 20:53| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月17日

「夢」

「だよなあ!やれば案外できるもんだよなあ!」一人暮しを続ける私を肯定的に評価してくれた人がいる。「すごい」ではなく、「したいならそれは当然」として。
彼女自身、若い時に(今も十分若いのだが…)海外へ旅行したことがあるという(もちろんツアーではない)。言葉すらもわからない場所で、次の場所が分からず迷ったこともあったという。必死のジェスチャーで乗り越えたという。
「大切なのは勢い。心配なんて邪魔なだけ。"案ずるより産むが易し"」それが私たちに共通した思い。
「女の子なんだからそんなの危ない」
そう。思いを引き止め否定するのはいつも世間体。成長と共に染まってしまう「世間」という「普通」。染まる。その方が楽だから。失っていく柔軟性。冒険できないつまらない心。
その昔恐いもの知らずができた体。確かに今それは失われている。だけど…、
今は疲れてしまっている。そんな私、このブログに夢の続きを託したい。自己表現の文章を書き、読まれ続ける夢を。
posted by かおり at 00:38| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月11日

「思い人」

止まることなど望んでいない
君は伝えてくれている
応援くれてる信じていたい
僕は知ってるそれが君

みんな勝手に決めつけたがる
人は落ち込み好きだから
沈んで落ちるの待っていてる
両手を広げて手をたたき

進むしかない止まっちゃ駄目だよ
遠くで君の声がする
ひがんでないし見守っている
君は優しくあたたかい

みんなは好きに決めつけたがる
人は暗いの好きだから
涙を流すの待ちわびている
今か今かとほくそえみ

君のためにも負けないからね
周囲の批判は痛いけど
諦めないよまた会えるまで
かなわない今辛いけど
posted by かおり at 22:34| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「愕然」

どんなに丈夫で元気な人でも、どんなに注意していても風邪をひく時はひく。気温や気圧の急激な変化、ウイルスなどどうにもならないものによって。
そんな時は休養をとるのが一番。無理をして悪化させるよりね。休養をとるために風邪をひいたのかな?なんて思うくらい。
そう。止まれば動けなくなるかもしれない、そんな恐怖に生きる私に極端に少ない休養。忘れられるのが恐い。早いブログの更新。だから私が止まるのはやむを得ない時。風邪をひいたりスランプになったり。
でも分かるように、ちゃんと休めば戻すことができる。能力のスランプも風邪も同じ。無理をするからさせるから、不調が長引いてしまう。
そんなこと知っている。どんなに輝いている人にでも休養はいること。また輝いてくれる。そっと待てばいいことくらい。信じていればいいことくらい。
なのに私も例にもれず、輝く人へのひがみかそれができなくて…必死に思い返しはするけれど…
分かっているくせに…
posted by かおり at 00:16| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月02日

「没頭力」

「集中力すごいね」と言われる時、私はよく「ごめん」と思う。だって、集中なんてしてないんですもの。
思えば今まで、集中したことなんてあまりない。集中なんて一時(いっとき)のはりぼて。集中なんて長く続くものではない。だからあまり重要視していない。
「じゃあどうしてきたの?」って?
没頭さ。
やればできるようになる→できるようになれば楽しくなる→楽しくなればまたしようと思う
そんないいサイクルを作ってやってきたのさ。
「没頭」って聞こえは良くない。だからあまり表には出ないし奨め(すすめ)られることはない。「集中」と違ってさ。
だけどその二つ何が違うのさ?
意識をしていれば集中
意識をしていなければ没頭
それだけ。
だったら意識に関係なく続く「没頭」をしてる方がいいんじゃない?「集中」では意識が切れてしまうことはあるけど、「没頭」ではそれがなく、いつまでも続くんですもの。
「集中」を否定はしない。それも必要なことではあるから。だけど私が推奨(すいしょう)したいもの。
それは「没頭力」。
posted by かおり at 20:33| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「傷付いても」

体のことしか見えなくて
心のことなどないがしろ
仕方がないと諦めて
涙の出し方忘れてる

昔は泣き虫だったのに
涙をうらんだはずなのに
泣けない今では反対に
泣けない自分をうらんでる

今と昔はどう違う?
確かに動きは鈍いけど
それに縛られたくはない
いつも言ってたはずだろう?

現実だけしか見えなくて
夢を見ること忘れてる
どうせ無駄だと諦めて
泣くことすらもしなくなり

昔の僕は負けず嫌い
たとえ無理でも怪我しても
怒られうつむくことあれど
しがみついたろ?忘れたの?

今と昔はどう違う?
確かにできないこと増えた
だけどそれが何なのさ
いつも言ってたはずだろう?

確かに体は老いていく
無鉄砲もしなくなる
多くの経験言い訳に
世間体には勝てなくて

それが成長と言うのなら
子どもの昔に戻りたい
無鉄砲な思い出に
ため息つくこと増えるけど
posted by かおり at 20:30| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月31日

「希望」

どんなに顔を背けても
その足音は消えなくて
どんなに否定したくとも
その存在は消せなくて

いいものばかりであったなら
いつも明るく生きてれる
心に浮かぶは希望だけ
なのにそうはいかなくて


試練を試練と思うのは
それを試練と思うから
それを絶望思うから
それを希望にできなくて

いいことばかりじゃないから
いろんな心が生まれると
楽観的に思えたら
もっと僕を楽しめる?

いいことばかりじゃないから
いろんな挑戦していける
そんな気楽な心こそ
希望はきっと大好きさ
posted by かおり at 19:14| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月20日

「自己流で」

障害病気あろうとも、たとえ車椅子で自由に動くことができなくても女は女。姿格好どうでもいいことなんてない。少しでもきれいでいたい。それを諦めたくなんてない。
「歩けない足してないよね。」、それは看護師にも言われたこと。それは褒める意味でもあるのだろう。でも「本当は歩けるんじゃない?」、そんなひがみの誤解を受け落ち込んだことも何度もある。
歩かないと筋肉が痩せ、足は細くなる。腰も硬くなり、くびれのない寸胴な体になってしまう。なのに私はそうなっていないから。見た目歩けない体してないから。だから誤解をされる。そういうリハビリしてないのにあり得ないって。
でもね。
先に書いたように私も女で、姿格好どうでもいいなんて思っていない。
幸い私の病気は、歩く等の平衡神経の伝達ができないから歩けないだけのこと。筋肉が動かない訳じゃない。だから集中すれば微妙に運動することができる。腰を反らせる運動を手伝ってもらって硬くなるのを防いでいるしね。
病気があることはそれだけでしんどい。でもそれがどうした?私は私の自己流のやり方で女を守っていく。
posted by かおり at 23:54| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月12日

「生きる」

明るい顔しか見せたくない
だから君は思うかも
僕はとても強い人
自分にゃとてもかなわない

んなわけないじゃんそれ誤解
沈めば弱さに潰される
いつも笑っていなければ
君と同じさ鬱(うつ)になる

どんなに辛くなろうとも
それをそれと見せなくて
いつも明るく楽しそう
僕は泣かない人だろう

んなわけないじゃん僕だって
涙のもろいあかんたれ
だけどそれじゃあ嫌われる
笑いは孤独を防ぐ武器

誤解されること多く
自分が疑問になることも
だけど性格変えられず
生きるにゃ辛いこともある

鼓動を続けるそのことで
辛さは続いていくだろう
だけど
親にもらったこの体
止めない義務は果たさなきゃ


posted by かおり at 01:05| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月02日

「女だもの」

-見る姿は見られている-
CMでそんな言葉を聞いたことがある。
それはいかなる状態の人にもあり得るよねー。そこに障害があるなし関係ないよねー。むしろ障害があることによって目立つ。余計見られてしまうよねー。
どうせ見られるならきれいに見られたい。それはほとんど全ての女性が抱く願望。私は負けず嫌いで諦めが悪い。ようするにプライドが高いのかもしれない。だから障害があり車椅子でも、その女としての願望は何も変わらない。むしろ強度になっているくらい。
ブクブクになんかなりたくない。年をとると引力で肉が下がり、胸が垂れてお腹が出る。頬の肉が落ちてほうれいせんが出る。加齢と共に出現する変化。でもそれにただ負けるなんてシャク。
でしょう?
それはたとえしんどくても私も同じ。負けないためなら、たとえ間違いであろうともその方法をがむしゃらにやっていく。逃げたくなんかない。逃げてやるもんか。
だって女ですもの!
posted by かおり at 19:15| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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