2011年08月10日

「怒り」

最近、イライラしたり怒ったりしなくなった。しなくなったというよりできなくなった。
それはその理由を考えるようになってしまったから。
イライラしたり怒ったりする理由。それは自分の思う通りに事が運ばないから。それはただの自分勝手な感情。
百人いれば百通りの思いがある。自分だけのものが全てでないことは当たり前。なのに、人は自分が当然と思いたがる。自分は"かわいい"から。それがうまくいかなければ機嫌が悪くなる。他を受け入れようとしない、怒るときそんな狭い人間になってしまう。そしてそのことで、他の誰かを嫌な気持ちにさせてしまう。不安にさせてしまう。
そのことに気付いてから、私は容易に怒れなくなった。
怒りは独断と偏見であることが多い。ただ感情に流されているだけのことが多い。まず深呼吸。。
どうして怒りたいのか…
どうしてイライラしたいのか…

<追記>
まあ、自分を守るためなら非情にもなってしまうだろうけど…
posted by かおり at 21:24| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月29日

「生きているのは」

心のどこかで理解していた
永遠なんてどこにもないと
季節のように戻りもしない
いかなる変化もあり得るものだと

突然起きた不幸な変化
苦い食べ物飲み込むように
すぐに終われと願うだけど
終わる糸口見つからなくて

心のどこかで覚悟はしてた
いつかは全て崩れてゆくと
今は刹那で変わりゆくもの
だから呼吸を許されている

突然襲った辛い現実
いきなり頭ぶたれるような
痛みが引くこと願うけれども
それが叶うことはないから

誰もが痛み抱えながらも
与えられてる使命があるから
だから鼓動は打ち続けてる
その名目は見えないけれど
posted by かおり at 18:41| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月14日

「原発」

急いだ結果は破滅への道
少し時間をくれないだろうか?
悪事の二の舞踏みたくないから
今度こそはと過去を背負って

イライラされて批判をされて
休むことさえ許されなくて
力の補充もできないなのに
それでも立たなきゃ不満とされる

急いで得られるものはないから
少し待ってはくれないだろうか?
またの苦境はごめんだだから
過去に学んで歩かせてくれ

不要とされてそっぽを向かれ
目を向けてさえくれないなのに
過去の精算ばかりがかさみ
先行投資できないでいる

大きな失敗逃げはしないが
芽吹きの時間をくれないだろうか?
責任義務を果たした上で
来季の花を育てたいから

そんなことは虫がよすぎる
きっとうまくは進んでいかない
得と損は紙一重のこと
その現実を突きつけられたから

大きすぎて手に負えなくて
考えたくはないのだけれど
それでも書かずにいられないのは
いらないなんて言い切れないから

 <追記>
原発を容認するつもりはない。が、今の生活を維持していくには簡単に否定もできなくて…。きれいごとだけでは…
posted by かおり at 21:08| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月05日

「まどわない」

悪い報道鵜呑みにしないで
沈んで暗くなるだけだけだから
楽観過ぎると笑われるけど
明るい世界夢見たいから

不安をあおる報道の波
できれば浴びたくないのだけれど
逃げられなくていつも落ち込む
関係ないと割り切れなくて

悪いと思えば悪くなるだけ
暗いトンネル続いていくだけ
お気楽過ぎると笑われるけど
楽しい未来夢見たいから

暗闇見せる報道の波
できれば見たくないのだけれど
聞こえる声を無視できなくて
その惨状がまぶたに映る

言ってください伝えてください
そんなのほんの一部にすぎない
批判ばかりを言われていたら
立つ気力さえなくしてしまう

悪い噂を聞いた人から
あることないこと言われるけれど
言葉半分にしていたらいい
自分の精神守るためにも
posted by かおり at 21:17| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「いつかは」

体の痛みと変わらないだけ
心の痛みも続いているのに
見えないものは不確かだから
心はいつも二の次になる

体の痛みは消えゆくけれど
心の痛みは消えてくれない
どんなにそれに苦しんでても
ただただ前を向くしかなくて

体の悲鳴と変わらないだけ
心も悲鳴をあげているのに
聞こえぬものは不確かだから
心はいつも二の次になる

体の悲鳴は消えゆくけれど
心の悲鳴は消えてくれない
どんなにそれに悲しんでても
それでも生きていきたいし

痛みに悲鳴終わりはないけど
沈んだ顔では孤独になるだけ
今は無理かもしれないけれで
弾ける笑顔をいつかは見たい
posted by かおり at 20:18| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月19日

「見てしまうのは」

何もできない無力さを
助ける人にぶつけてる
いくら時代は進もうと
その現実は変わらない

そう言う僕もその一人
解るだけにやるせなく
見えないふりに終始して
逃げたらどんなに楽だろう

何も分からぬ不安さを
助ける人にぶつけてる
いくら進化はしようとも
その現実は変わらない

そう言う僕もその一人
いつも不安に震えてる
分からぬことは無視をして
逃げられたなら楽なのに

使命があるとは思わない
できることなら見たくない
だけど耳が塞げない
大切なもの守るため

耳に入る人の声
それが僕は気になって
悲しくなること知ってても
前見て生きていたいから
posted by かおり at 18:33| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月11日

「言わない」

頑張れ頑張れ言われると
うざくなっちゃうこともある
どうせ君には他人事さ
素直になんてなれなくて

頑張れなんて言わないで
出来ることはやっている
なのにそんなに言われると
自分の小ささやるせなく

煽らせないで頑張れと
自分のペースで歩かせて
イライラするかもしれないが
急いでいいことはないから

頑張れじゃない信じてる
今は闇しか見えないが
朝の来ない夜はない
いつかは光は照らすから
posted by かおり at 23:50| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月02日

「したいこと」

何ができるかなのでなく
僕は何がしたいのか
希望の見えない闇の中
諦めたなら終わりだと

きっといつかは花が咲く
今は闇しか見えないが
諦めたなら永遠に
まばゆい明日は来ないから


自分の無力に沈むより
多くの協力信じよう
僕は確かに非力だが
何かはできるはずだから

きっといつかは日が昇る
今は闇の道だけど
諦めたなら永遠に
下を向いたままだから

不謹慎かもしれないが
花の苗を送りたい
苦悩の上にも太陽を
それか僕のしたいこと
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2011年04月01日

「これからは」

片付けは捨てることとか収納が大切と言うけれど、私のオススメはもっと単純。
安いからといって余計な物まで買わないこと。物が増えるから片付けが必要になる。いらない物が増え続ける限り片付けの問題は永遠だから。
それにいらない物を買わないにはもう一つ利点がある。それは無駄遣いの防止。
一見安くて買っておけば特のような気がする。でもこういう物はないだろうか?いつか役に立つだろうと、長い間放置されている物が。大抵の場合、その「いつか」はない。結局いらなくて、捨てるしかない物が。
あまりにタンスが汚なくて整理した人が呟いていた。安いからと安易に買った服がゴロゴロ出てきた。あまり着ていないからまだ綺麗な服が。
「これだけのお金があったらもっといいものが買えたのに…」と。
"一円を笑う者は一円に泣く"、そんなことわざがある。
いくら安くてもお金はお金。"安物買いの銭失い"にならないように。これまでなっていたかもだけど。
posted by かおり at 19:48| 大阪 | Comment(2) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「愚かでも」

情報は小さな種。それをどうするかは自由。ただ種をながめているのも一つ。大きく育てるのも一つ。どうするかはおのおのの自由。
種に表示してある完成図はたいがいとても美しい。だから手に入れたくて育ててよさそうなものだが…、よく立ちすくみしてしまう。それは、
そこまで育てるには多大な労力と時間がかかる。途中でやめたら枯れて無駄になってしまう。知っているから。綺麗なものは好きだけど育てるのは嫌いだから。
そうやって指をくわえているうちに、もうプランターには入りきらない数の種。それは分かっているなのに、変わらず種を集めることがやめられない。育てられるあてなどないのに。ながめるしかできなくて、悔しさばかりが倍増するだけなのに。
愚かな生き物。それが人間。たとえどんな体になろうとも同じ。
そう。種を集めてしまう、その気持ちは忘れないでいたい。みんなと同じ人間でいたいから。
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「目的を」

できなくてもできているように。意識をすればちゃんと筋肉は働いているから。意識を大切に。
リハビリを受けた時、理学療法士に言われた。
筋肉には600は種類があるという。大きく動き見た目にも動いていることが分かるアウターマッスルはそのほんの一部。ほとんどはそれを深層から支える小さな動きのインナーマッスルらしい。つまり動かそうと意識することも、十分筋肉を動かすことになっているのだ。
それを言われていたのだ。でも、
できないことをすることはとても辛い。泣くほど悔しくもなるし、大きなストレスにもなる。だからその時間、好きになれなかった。
なのにどうだろう?今は自ら進んで動かない太ももを動かそうと頑張れている。
太ももを意識して動かさなくなるとハリがなくなりぶよぶよになる。私も女。どうしても美は意識してしまう。
目的が増えればできた時の喜びは倍増し、たとえできなくてもその辛さは半減する。できなくても意味がないわけじゃないしね。
するのが困難ならば目的を増やしてみよう。人はやりがいで動く生き物だから。
posted by かおり at 19:45| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「それだけで」

たとえ歩けなくてもスタイルは気になる。車椅子に乗っていたとしても、どうでもいい諦めたにはならない。だからエクササイズを求めてよく雑誌を買いに行く。
ところがどうだろう?
あなたは歩けない腹筋のない人の、その体型の保ち方を書いた雑誌のページを見たことがあるだろうか?皆無とは言わないがそれはほとんどない。
書店でそういうたぐいの本を探している時、私はよく寂しさにさいなまれる。世の中から外されているような寂しさに。
でもそれは仕方のないこと。
需要のあってこその供給。車椅子でもスタイルを気にする、私のような少数派にページ数をさいてくれるはずがない。
そう。そうやって「固定観念」はつくられていく。学べる(見る)ものがなく、諦めてしまうことによって。
まずは諦めないことだ。そう気付けば解決法は一つ。雑誌の内容を知識に自分にできるエクササイズをつくること。それは難しいけどある意味楽しい。先駆者になれるんだから。
それに頭を使って考えることは、それだけでカロリーを使う。つまりエクササイズになるんだよ。
posted by かおり at 19:44| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月12日

「見てろ」

若いことをうらめしく思うことが多い。それは努力が報われないから。シワができないように、たるまないようにいつも自分なりに運動をしている。だけどそれを言えばただ笑われるのだ。
「それは若いから」
悔しい。認めてほしいなんて思わないけれど、無にされているようで悲しい。
そう年をとるのが恐いのは、引力に負けるようになってしまうから。年のせい、なんて目をそらそうとしているけど。しんどいことはしたくない。気付かないふりをしているけど。
そして、自分が嫌でしていないことを悠々している人の行動には難癖をつける。素直に認めようとはしない。相手の下位にはいたくないから。
知っているよ、私に向けられる難癖。まだ若いこと、働けないから時間があるということ。
だけど私は強気を失いはしない。思うように自由に動くことができない、その言い訳から脱却できているんだから。
posted by かおり at 16:41| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「負けないから」

「あなたは神様に選ばれたんだよ。病気や障害があっても耐えられる人間だって。」落ち込んでいた時そう言われたことがある。でも、
その言葉は逆効果だった。選ばれたくなんてなかったんだから。何度も恨んでいた。いるかどうかは分からないが、その「神」という存在を。「なんで私?」「なんで私」、気持ちが安らぐことなどなかった。
それが変化した時期は覚えていないけれど…。変化できたのは沢山の人に大切にされたから。
もしも私が病気になっていなければ、きっと他の誰かが病気で苦しむことになる。それは今自分を助けてくれている人かもしれない。これは私が引き受けたことなんだ。
そう思った時少し楽になれた。それが正しいかどうかは分かり得ないことだけど。
生きている限り、人は何かを引き受ける、請け負う。私の場合、それがたまたまこの病気(障害)だっただけ。
「だったら楽しく引き受けてやろうじゃないか!」
挑戦的に生きていこう。そう思っている。
posted by かおり at 16:40| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月01日

「アンテナ」

知らないということはとても危険。健康にしても何にしても。こうしたら危ない。そんな危険事物があらかじめ目印を付けてあるわけがない。罠はいきなり牙をむくものだから。
知っていれば助かったのに…。知らないばかりに命さえ失う悲劇をよく耳にする。そう、色んなことを知るのは生きるため。まだ死にたくはないから。知らないばかりに死んでしまう、そんなもったいないことにはなりたくないから。
知るというのは勉強するということ。
勉強という言葉にアレルギーがある人は多いだろう。かくいう私だってあまり好きではない。小さい頃はそれに意味があるなんて思えなかった。考えもしなかった。
それはたよれていたから、甘えられていたから。今がそうでないわけでもないけれど。
これからも変わらず生きていくためには、きっと今以上のアンテナを張っていかなければならない。いかなる状況になろうとも、自分が自分で生きることを保てるように。
posted by かおり at 21:20| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月18日

「勧誘」

ハリは筋肉たるみは贅肉(ぜいにく)
若い頃と比べて体がたるんでいる。そう思っている人がほとんどだろう。それは年のせい。仕方ない。諦めの言葉はよく聞く。
その理由、考えたことありすか?
筋肉は放っておくと贅肉に変わる。そう。それまで筋肉だったものが贅肉に変わってしまった。それがハリが失われてたるんてしまう原因。つまり原因は若さじゃない。
ハリは筋肉たるみは贅肉
たるみを防ぐコスメやマッサージがさかんに紹介されている。つまりそれだけたるみは万人の悩み。多くの人が解決したがっている。でも、
それはただの気休め。根本的な解決ではない。みんな楽に悩みを解決したい。そんな怠け心の現れ。
ハリは筋肉たるみは贅肉
悩みが楽だけで解決するなら誰も悩みは引きずらないだろう?
笑顔と真顔の繰り返しで顔を鍛えることを続けたり、肘を曲げずにペンギンのように腕をパタパタしたり(三角筋を鍛えることで二の腕の皮が引っ張られる)。
根本的な解決。あなたも試してみませんか?
posted by かおり at 22:30| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月08日

「グローバル?」

日本人はいませんでした
日本人はいませんでした
グローバルとは叫ばれてるが
鎖国の影響抜けられてない

海外旅行は増えてるけれど
心の壁は消えてはいない
自国が良ければそれが一番
そんな意識目に見えている

日本人はいませんでした
日本人はいませんでした
情報だからと正当化して
いつでも逃げれる心づもり

国外の風吹いてはいるが その心まで学んでいない
良いものだけを受け入れて
面倒あればそっぽを向いてる

日本人はいませんでした
日本人はいませんでした
果たしていつまで続くのだろう
排他的な鎖国の心
posted by かおり at 22:42| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月01日

「だろうが」

シーンの数だけ答えはある。これまでと似たようなもの。これまでとは矛盾があるものも。
でもそれは、それだけ様々な経験をしてきた証。「バカの一つ覚え」じゃない証。それだけの対応力があるということの証。たとえ矛盾している答えしか出なくても、開き直ってそれに自信を持っていいじゃないか。答えさえ出せないよりよっぽどすごいのだから。否定されるものではない。されていいものではない。
経験には楽しいものばかりではない。泣くほど辛いものもあり、実際泣いたこともあるだろう。でも恐れないで。逃げないで。きっとその涙はいつか役立つ時が来るから。
涙の分だけ人は強くなれる。無駄な涙は決してないから。"若いうちの苦労は買ってでもしろ"、それは昔から言う。
厚みのある、少々の風では吹き飛ばない人間へ。そんな強さに憧れる。なるには傷だらけ覚悟だろうけど。
posted by かおり at 22:56| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月25日

「アゲインスト」

ケーキを食べることでダイエットできつつある人がいる。それが「ごほうび効果」。
ケーキはバター(脂肪)と砂糖の塊。だから一見ダイエットの敵としか思えない。実際そうだし。
だけどケーキが好きな人にとって、それは好敵手(ライバル)でもある。こいつをやっつけて(食べて)やる!そういう目標にできる食べ物。
ダイエットというものはたいていしんどく辛いもの。なかなか効果が現れないとすぐに諦めてやめたくなる。
人間負けるのは悔しい。だから好きなもの、食べたいものを好敵手(ライバル)にする。すると頑張る気持ちが倍増する。痩せるためだけでなく、勝つためにも頑張れるから。
大きな達成感は小さなごほうびの積み重ね。息切れしないのは、走り続けられるのは給水ポイント(小さなごほうび)があるから。
一見逆行に見えることも、時に凧(たこ)を高く上げるのに必要なアゲインスト(逆風)になることもある。
posted by かおり at 00:10| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月12日

「プラン」

「ダイエットは明日から」と言っている限りそれ(ダイエット)は永遠にできない。セットである楽しいこととしんどいこと。先に楽しいことを体験してしまうと、次のしんどいことが更にしんどく見えてやる気を削ぐ。やりたくなくなってしまう。つまりセットが完結しない危険性が増す。諦めてしまいたくなって。中途半端でも。
楽しいことはしんどいことのご褒美。それはしんどさを軽減する方法でもある。たとえしんどくてもその後にはいいこと、楽しいことが待っていると思えばわくわくしない?そのわくわくがゴールへ向かうガソリン、バッテリー。
頂上についた時の達成感、そのために辛い道中頑張れる。山登りが好きな人はよくそう言う。このわくわくはそれときっと同じ。
どんなにしんどくても楽しみがあるから。辛いのご褒美に楽しいことが待っているから。
それが達成、成功の秘訣。私もよくそれを利用していたから嘘じゃない。
楽しみのために頑張るプラン。一度でいいから立ててみて。
posted by かおり at 21:32| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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