2013年03月14日

「恐れるな」

私たち自由に動けない者は、言葉でしてほしいことを伝えなければならない。食べ物を作ってもらうのだってそう。"おまかせ"もできるが、それでは本当に食べたいものが叶えられる可能性は低い。
「料理したことほとんどないのに、よくそんな的確に指示できるな。失敗も少ないし。」
感心されることは多い。不思議そうに。でも、それはちっとも不思議なことじゃないんだ。
だって、料理は"経験" じゃないから。「料理は想像力」が私の口癖。
味を知っている食材は沢山あるだろ?要はその組み合わせなのさ。
この味とこの味とこの味をプラスして、こういう味付けをすればご飯と合うかな?調味料は健康に害を及ぼさない程度に調節して、と。
素人のレパートリーの増やし方はそんなもん。そこに"センス"なんてない。とにかく数をこなす。そうすれば自ずと"こつ"はつかめてくる。もしいるものがあるとするなら、それは"勇気"かもしれない。
失敗なんてとことんしてきたさ。見せるもんじゃないから見えないだけ。
posted by かおり at 00:37| 大阪 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月18日

「生きるため」

「どうして勉強なんかしなきゃなんないの?」それは永遠のテーマだろう。勉強が好きな人なんて少数派だし、嫌いなことがいわば「普通」みたいなものだから。
その答えはきっと一つじゃないだろう。でも30年あまり生きるなかで見えてきたもの。それほ「生きるため」。
人は無知で生まれてくる。他の動物のように第六感も持たずに。それは守られ、生かされることを信じているから。実際、子どもは保護され生かしてもらえる。親に。そして周囲に。
でもそれは、いつまでも続くものではない。世代交代。いつかは、立派に自分で生きていかなければならない。なのに、
近年、その「学んだもの」を忘れたがために起きた死亡事故が目につく。いやそれは、いつまでも「一人立ち」しない人が増えた現れか。確かに人は支え合って生きている。一人では生きていないし生きていけない。でも、
最終的に自分を守るのは自分でしかない。誰かに命までゆだねる。そんな「おひとよし」いない。
posted by かおり at 22:51| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月11日

「ひとりごと」

病気になろうが障害を持とうが、自分を変えたり暗くなる必要はない。
だからよく言われる、心外な言葉に深く傷付く。
「障害を持っているのに明るいね。」
でもそれは私自身も時々利用してしまう、抜けきれないもののせいだと気付く。それを使えば楽だから。全てが許されやすいから。固定観念に反発しながらも、そこから脱出し切れていない矛盾。
剥がれることのない車椅子というレッテル。 逃げようのない病人のレッテル。その現実におびえ、うまく動けなくなっている。
それって、障害や病気を受け入れられていないってことなの?貼られるレッテルに素直になれることが、真の受け入れなの?それに逆らわず、甘えていることが正しいの?
確かに私は障害があるからの制度で生きることができている。なければ今の生活はできない。
いくらレッテルに反旗をひるがえしていても、悲しいことにそれは単なるひとりごと。レッテルの鎖をジャラジャラ鳴らす、非力な人間に変わりはない。
posted by かおり at 23:07| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月22日

「もったいない」

人は、自分より優れている人を好まない。それどころか、そんな人は嫌う。うとましく思い、その人が暗く落ち込むことを願う。それは時として、その人自体を否定することに。そこから"いじめ"というものは発生する。
得意としない分野でのあらが探され、そこをけなされる。それは存在を否定したくなるほどにこっぴどく。
今、"いじめ"による自殺がクローズアップされているが、私は"いじめ"られている人に伝えたい。
自信を失う必要はないのです。
確かにあなたにも悪いところはあるかもしれない。でもそれは人間のこと。誰にだってそういうのの一つや二つあるさ。それはあなたが一番悩んでいるしょう?
なのにそればかりがクローズアップされる。それは、それ以外のことで相手は勝ち目がないから。
そう。いわばいじめは"ひがみ"。自分が優位に立つための自己中心な行為。そこに意味は薄い。
自殺なんてもったいないんよ。あなたは"勝って"いるのだから。
posted by かおり at 22:53| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月15日

「人は」

できない自分悩んでた
生きる意味さえ疑った
今はこんな私でも
元からだったわけじゃない

できないことは増えてたが
全てがなくなるわけじゃない
今を抱いていけばいい
そんな言葉に救われた

できないことに悩んでた
生きることすら嫌だった
今はここにいてるけど
すんなり来れたわけじゃない

あなたはあなたでそれでいい
あなたの使命はきっとある
受け取り方かもしれないが
その一言に救われた

私が特別なんじゃない
どんな人にもきっとある
人は一人で生きてない
救い救われ生きていく
posted by かおり at 22:51| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月03日

「守りたい」

神経は失われているけれど、筋肉までは失われていない。動かないけれど、動かそうとすることはできる。
歩くことができない人は足がやつれ、細くなるとされる。でもそれは歩く神経が失われているからと、歩こうとすることを忘れて筋肉がなくなってしまうから。歩けないから、移動手段が車椅子だからじゃない。
「歩けるような、太い立派な足してるね。」とよく言われるけれど、それはごく当然のこと。歩けないけれどやつれたくなくて、歩こうとすることを(寝たままで)忘れていないから。その筋肉までは諦めたくないから。格好悪くはなりたくないから。分かってくれる?
でもそれを、"努力のたまもの"なんて言いたくないし思いたくもない。願望を叶えるための行いは、努力なんて素晴らしいものじゃない。そうでしょう?
みんなと違う(足がやつれていない)から、事実(歩けないこと)を疑われて悲しくなったことがある。
強くならなきゃ。自分の信じる道を守っていくため。
posted by かおり at 22:26| 大阪 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月05日

「感謝」

答えを感じたとしても、すぐにそれを言うことが最善とは思っていない。相手の態度を感じ、まずは反応をうかがいい待つことにしといる。なぜなら、
人は自分が納得できていないと、言われたことを素直に受け入れことができない。たとえ自分はまちがっていなくても、否定されては傷ついてしまう危険性が大きいからだ。決して焦(じ)らしているわけではない。いじわるをしているわけではない。
精神的負担に弱い私は、下手に自分の考えに走ることができない。傷ついてしまう危険性なるべくおかしたくない。「情けない奴」と馬鹿にされてしまうかもしれないが、それがきっと私の自己防衛本能。変わることはきっとないだろう。
幸い、こんな私の行動を好ましく思ってくれる人は多い。その人たちに固められて守られて、私は堂々と生きることができている。勝手に強いわけではない。人は誰かに認められているから、おどおどせずに生きていられるんだ。私もその例外でない。
ありがとう。言葉にしないから聞こえないだろうけど(笑)、生きる限り感謝は絶えない。
posted by かおり at 21:35| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月02日

「辛くて」

みんなにすごい言われるが
当の本人自信なく
心の奥で泣いている
持たれる期待強すぎて

そうして夢は捨てられる
周りの過度な重圧で
捨ててしまえば楽になる
そんな言葉に魅せられて

当の本人分かってる
みんなにいいなと言われても
本当は泣き虫あかんたれ
それを誤魔化してることを

夢追うことに疲れたし
そろそろやめようすることも
逃れる重圧魅力あり
手を伸ばそうとすることも

分けることができなくて
大きな重圧負ける危機
僕の悩みは特殊かも
聞けない孤独に生きている
posted by かおり at 22:02| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月01日

「どうすれば?」

私たち障害を持つなどして、ヘルパーを使っている人が太るとよく言われる。
「もっと痩せて」って。
確かに体重の重い人のケアは力がいるし動作も大変になる、「痩せてほしい」って意見が出るのは当然だろう。たとえ仕事でも、楽な方がいいんだから。でもね、
私たち障害者には歩けない人が多い。さらに私のように、全く腹筋のない人も。
そういう人の運動法の情報、どこにある?ダイエット法が書いてあるという雑誌紹介を見て、起こるのはいつも落ち込み。だっていつもカヤの外、なんだもん。歩けること、腹筋のあることが大前提。
少数派は放っておかれるのが世の常。需要と供給にはバランスが必要だから。ある意味諦めてもいる。儲からないものにページなど使ってくれるわけがない。
痩せて、なんて言葉は矛盾。その人の単なるわがまま。じゃないと言うのなら、その方法も教えてよ。どうすればいいのさ!
<追記>
最近、ロングブレスダイエットなるものが流行っている。3秒鼻から吸い口から7秒吐くもの。それなら私にも可能。
曲がりなりにもできることが出てきて嬉しい。
posted by かおり at 23:33| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月28日

「責務」

ボキャブラリーが多いことは一見すごくいいことだ。話の幅は広がるし一見賢そうに見えるから。そう一見…。だけどそれは諸刃の剣(もろはのつるぎ)。なぜなら、
どんなに難しそうな言葉を使って賢そうに振る舞っても、相手に伝わらなければ何の意味もなさない。それどころか、よく分からない人として避けられるようになってしまう。
そんなのそれこそ馬鹿じゃん。賢そうに振る舞おうとしてその逆になるなんて。だってそんなのただの自己満足でしかないもん。勝手な人はただ嫌われるだけだもん。
「知らないなら聞けばいいじゃない」って?
考えてごらんよ。聞くってことは大きな勇気がいることなんよ。知らないことを認めることなんだから。
そんなしんどい人間関係、続けていける?私は「No」。まっぴらごめん。
確かに専門的な小難しい言葉を使った方が会話が楽なこともあるだろう。でもそれは単なる逃げ。全ての人には話を理解する権利があるはずなんだから。
言葉を司る(つかさどる)人間として、誰もが分かる言葉を使っていきたい。それは責務だろう?相手と付き合いを続けたいのなら。
posted by かおり at 21:33| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月29日

「おやじギャグ」

「脳はブドウ糖しかNoと言う」そんなことを言った人がいる。
「ああまたか」 なんて、そのおやじギャグはをしらっと流す人もいるだろう。「サブー」と馬鹿にして。でも私はそれをしなかった。というかできなかった。なぜなら、
だってそれは正解ですもの。脳はブドウ糖しかエネルギーにしない。まさに「脳はブドウ糖しかNo」なのだ。
しばらく前、低炭水化物ダイエットなるものが話題となった。その時私は大きな危機感を覚えた。 「ああ、馬鹿が増える。」…と。
炭水化物はでんぷん。でんぷんはブドウ糖の集合体。炭水化物を取らないということすなわち、ブドウ糖を取らないということ。
そしたらどうなる?ブドウ糖しか使わない脳はエネルギー不足になる。エネルギーが不足すると働きは停止する。脳が働かないとどうなる?馬鹿になるだろう?
おやじたちは私たち若造よりも人生経験が多く長い。その中で得た知恵もあるだろう。だからたとえギャグでも、もっと耳を傾けるべきじゃない?
まあ、おやじギャグに役に立つものはほとんどないと思うけど(笑)。
posted by かおり at 21:15| 大阪 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月11日

「会うために」

とても仲の良かった人、または親族に先立たれてしまうととても悲しい。寂しくて死にたくもなるかもしれない。だけど、
亡くなった人はそんなこと望んじゃいない。自分が死んだことでうまく生きられなくなる人が生まれる。そんなこと望んじゃいないんだよ。
「後追い自殺」なんて言葉がある。でもそれはちっともきれいな行為じゃない。むしらそれは 亡くなった人に最も失礼な行為。
亡くなった人の思いは「後は任せた」のはず。なのにその人まで死んでしまったら、後に残るのは果たされることのない意思だけじゃない。
あの世で会えることはないとされている。「後追い自殺」なんて失礼なことしたら。だけど万が一会うことができたとしとも、その人に自分の身勝手さを申し開きできるかい?できないだろう?
いつ召されることになるかは分からない。だけどそれまでは、この世界をに精一杯生きていこう。
あの世では会いたい人に胸を張って会いに行けるよう。
posted by かおり at 20:47| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月26日

「笑顔の連鎖」

辛くても生きていこうとするのは、死んでしまったら悲しむ人がいるから。暗い顔をなるべくしないのは、それでは悲しむ人がいるから。
人間は人の中で生きているから人間。みんなどこかでつながり、連鎖し合って生きている。だったら、暗さや悲しみの連鎖の原因になんてなりたくないよね。そんな場所からは離れたいから、周りに誰もいなくなって孤独になってしまうしね。
その点明るい、前向きな空間には人が寄る。人はそれが好きだから。そこに未来を見ることができるから。
だからなるべく笑顔でいようと思う。そこに未来なんて見えないだろうけれど。少なくとも人が嫌う、暗く悲しい空間にはならないだろうから。笑顔の連鎖をつくっていきたい。
しんどい時に笑うなんてできない、努力なんてしたくない。あなたは言うかもしれない。でもね、
そんなこと(自分がしんどいことなど)他人には関係ないじゃない?押し付けるものじゃないじゃない?
posted by かおり at 22:55| 大阪 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月19日

「恥じないよう」

動物は命を食べて生きている。つまり命を背負って生きている。植物も命。だからどんなに草食であろうと、命を背負っていることに変わりはない。年を重ねるほどその量は増す。過去が消えることはないのだから。
だから自分の命を粗末にすること、それすなわち背負っている命を粗末にすること。背負われている命を無視して。今までを捨てて。
誰も見てくれていないって、違うよ。これまで背負われてきた命が血となり肉となり、私たちはいつも内側から見られている。見張られている。自分を背負っている人がどのように生きているか。無駄にされようとはしていないか。裏切られようとしていないか。
恥じたくはない。がっかりされたくはない。これまで背負われてきてくれた命に。良かったと思われていたい。胸を張っていられるようにしたい。自分に背負われていることを。
たとえ辛かろうが忙しかろうが、背負われている命には関係のないことさ。
posted by かおり at 21:53| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月14日

「引き出したい」

人は誰だってしんどい時はある。弱ってしまう時はある。いくら強く見える人でも、そうできない時はある。いつもは頼られている人でも、きっと頼りたい時はあるはず。だけどそれを見せられないでいる人がいる。
車椅子で見た目だけで心配してもらえる者から見て、それはすごく不公平に思う。平等平等と言うけれど、そんなの平等じゃない。だからといって何かできるわけではないからすごくはがゆいけれど。見た目強い人は簡単に弱さを見せてもくれない。どうしたらいいんだろう?答えは見えないまま。
いつも思う。そういった強く見える人の弱さを引き出せる人でいたい、と。そしてそれが見えたなら、自分にできる範囲でサポートしていきたい。
平等って助け合いができることでしょう?そうなら受けるだけではいたくない。
できることは少ないけれど、鼻で笑って真剣に聞かないことはしたくない。
気付かないことはあるだろうけど。鈍感だから(笑)。
posted by かおり at 20:40| 大阪 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月11日

「光」

影しか見えていないのは
一つの方しか見ないから
知ってるはずさ誰だって
影は影では生まれない

見方を変えれば気付くはず
君が求めるそのものに
固まっていちゃ動けない
動けなければ探せない

夜しか見えていないのは
時を流していないから
それは誰もが知っている
朝日のささぬ夜はない

見方を変えれば気付くはず
君が求めるそのものに
固まっていちゃ動けない
動けなければ探せない

いつも光はそばにある
見えないけれどそこにある
誰も教えてくれないが
消えることなく待っている
posted by かおり at 20:42| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「変化」

川の姿はだんだん変わる
広い海に流れるために
人の心もだんだん変わる
目指すものにたどり着こうと

変わることを恐れないのは
輝く未来を手にしたいから
変化も成長受け入れるのは
未来を信じて進んでるから

雲の姿はだんだん変わる
飽きることなく風に流れて
人の心も変わりゆくもの
時の流れに遅れないため

変化があるから成長がある変わることも楽しみだから怖がらないで変化すること
新たな自分が見えてくるから

よりよい未来を手に入れるため
今の自分を越えていきたい
誰のでもない自分のために
批判が痛い時もあるけど
posted by かおり at 20:41| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月29日

「ごまかさない」

全ての結果には必ず原因がある。そして、その原因が解決されなければ結果が変わることはない。しかしその原因を解決するには多くの場合継続した苦労が必要で、なるべくなら楽をしたい人間は分かっていてもそれをしたくない。だから解決が困難そうなら分からないふりをして、できるだけ楽な方法を見つけようとする。
これは幸せなことなのか、世の中情報化社会。楽が知りたければその方法はいくらでも手に入る。いくらでも。そしてそれが楽であればあるほど正しいものとして取り入れようとする。それがただのごまかしだとしても、希望的観測でそれを何も考えず信じようとする。
先に書いたように、原因が解決されなければ結果が変わることはない。楽だからといって、原因究明から逃げていて解決するものなどない。
ごまかしははりぼて。真実になんてなりっこない。いつも自分に言い聞かす。悲しく寂しい結果を生まないために。
posted by かおり at 20:31| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月04日

「させたくない」

"時は金なり"
無駄使いの多い人間は好まれない。ということは、時間を無駄にする人も好まれない。だから私は少し高くとも、キッチン用具を良いものに買える。だって、
使いにくいキッチン 用具では同じ料理を作るのにも時間がかかってしまうから。つまり、時間を無駄にすることになるから。
私は料理をしない。できない。ヘルパーを使い、作ってもらっている。でも…、
時間を無駄にする人が好まれないのなら、させてしまう人も好まれないだろう?「それが仕事だから。」、ヘルパーは何も言わないだろうけど。でも、
「本当あそこは面倒に思うんだ。」。見ることのできない心の底で思われてしまうのが恐いから。しかもキッチン用具という無機質な物でそんなこと思われてしまうのは悔しいから。
重度な障害を持ってはいても、他の人に好まれる人間でいたい。ヘルパーの時間も大切にしたい。
それは私の考えすぎ?そこまで気にしてしまうのは大きなお世話?
posted by かおり at 22:24| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「正攻法で」

"目には目を歯には歯を"
感情に任せた言動には、感情に任せた言動しか返ってこない。そうやって終わりの見えない(醜い)争いは起きる。当初は答えもあるが、感情に任せてよく分からなくなった争いが。そんな争いには収拾などつけようがない。
「まず落ち着いて冷静になれ!」、よく自分に言い聞かせる。喧嘩っ早い私は、それでよく失敗してきたから。感情に流されて早とちりをし、判断ができなくなったことは多い。損をすることもある。"短気は損気"、それはことわざ通り。
感情の高ぶりによって解決する問題はない。それは単なる自己満足であって時間の無駄。確かに負けるのは嫌だから、感情で相手をやりこめたいという気持ちは分かる。だけど、
"終わり良ければ全て良し"
一度くらい負けてやってもいいじゃないか。正しいことを言って、最後にはぐぅの音も出ないくらい勝てたら。
正攻法でいこう。それが勝利への道さ。
posted by かおり at 22:23| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。