2011年03月12日

「見てろ」

若いことをうらめしく思うことが多い。それは努力が報われないから。シワができないように、たるまないようにいつも自分なりに運動をしている。だけどそれを言えばただ笑われるのだ。
「それは若いから」
悔しい。認めてほしいなんて思わないけれど、無にされているようで悲しい。
そう年をとるのが恐いのは、引力に負けるようになってしまうから。年のせい、なんて目をそらそうとしているけど。しんどいことはしたくない。気付かないふりをしているけど。
そして、自分が嫌でしていないことを悠々している人の行動には難癖をつける。素直に認めようとはしない。相手の下位にはいたくないから。
知っているよ、私に向けられる難癖。まだ若いこと、働けないから時間があるということ。
だけど私は強気を失いはしない。思うように自由に動くことができない、その言い訳から脱却できているんだから。
posted by かおり at 16:41| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「負けないから」

「あなたは神様に選ばれたんだよ。病気や障害があっても耐えられる人間だって。」落ち込んでいた時そう言われたことがある。でも、
その言葉は逆効果だった。選ばれたくなんてなかったんだから。何度も恨んでいた。いるかどうかは分からないが、その「神」という存在を。「なんで私?」「なんで私」、気持ちが安らぐことなどなかった。
それが変化した時期は覚えていないけれど…。変化できたのは沢山の人に大切にされたから。
もしも私が病気になっていなければ、きっと他の誰かが病気で苦しむことになる。それは今自分を助けてくれている人かもしれない。これは私が引き受けたことなんだ。
そう思った時少し楽になれた。それが正しいかどうかは分かり得ないことだけど。
生きている限り、人は何かを引き受ける、請け負う。私の場合、それがたまたまこの病気(障害)だっただけ。
「だったら楽しく引き受けてやろうじゃないか!」
挑戦的に生きていこう。そう思っている。
posted by かおり at 16:40| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月01日

「アンテナ」

知らないということはとても危険。健康にしても何にしても。こうしたら危ない。そんな危険事物があらかじめ目印を付けてあるわけがない。罠はいきなり牙をむくものだから。
知っていれば助かったのに…。知らないばかりに命さえ失う悲劇をよく耳にする。そう、色んなことを知るのは生きるため。まだ死にたくはないから。知らないばかりに死んでしまう、そんなもったいないことにはなりたくないから。
知るというのは勉強するということ。
勉強という言葉にアレルギーがある人は多いだろう。かくいう私だってあまり好きではない。小さい頃はそれに意味があるなんて思えなかった。考えもしなかった。
それはたよれていたから、甘えられていたから。今がそうでないわけでもないけれど。
これからも変わらず生きていくためには、きっと今以上のアンテナを張っていかなければならない。いかなる状況になろうとも、自分が自分で生きることを保てるように。
posted by かおり at 21:20| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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