2008年07月05日

「声かけ」

耳鼻科でこんなポスターを見た。
−子どもがなりやすい中耳炎がある。それを発見するのは親の一言。「耳痛くない?」−
“子どもは泣くのが仕事”
と言われるように、子どもが泣くのは普通。おかしなことではない。だから「異変」があろうと気付きにくい。「またか」なんて、ないがしろにしがち。それに注意をうながすポスターだった。
それは子どもに限ったことではない。
しゃべることが下手だったり弱気だったり、思っていることを上手く伝えられない人は結構いる。言い方が直線的で、すぐに人とぶつかってしまったりする人が。
そんな人に必要なのは「聴く」こと。言葉ではなかなか表現しきれていない、その真意を。
その人だって、好きでしゃべるのが下手だったり弱気なわけじゃない。自分の「直線的すぎる」言葉で誰かを傷付けたいわけじゃない。きっと。
だから忘れないでいたい。心の声を「聴く」声かけを。
私だけでも。

〈追記〉
あまりにしつこくて、嫌われてしまうかもしれないけど(苦笑)。
posted by かおり at 10:09| 大阪 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「天の川ロード」

犬は「犬嫌い」が分かるという。教えられることはなくとも、その人の仕草やまとっている空気で。そして「犬嫌い」の人には吠えたり噛んだり、さらに嫌われることしかしない、という。
そこから見えること。それは、
自分が嫌っている人は相手も自分のことが嫌い。さらに嫌われるようなことしかしない。距離は広がるばかりで、縮まることはない。相手も自分も、「それでいい」のだから。
人の気持ちは「天の川ロード」。お互いの気持ちが一致して開通する。お互いが「一緒にいたい」と思うから、気持ちが通じて願いは叶う。「織姫」と「彦星」双方が「会いたい」と願っているから、一年に一度それが開通するように。
だから相手に「気に入ってほしい、嫌われたくない」と思うなら、まずは自分の気持ちを相手へ開通させよう。相手を受け入れた上で待っていよう。
「待つ」ことはとてもしんどい。でもそれが、明るい「天の川ロード」を開通させる第一歩だから。
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2008年06月30日

「心の扉」

“押して駄目なら引いてみな!”
それは人間関係を築く時もそう。
誰だってしんどい時自分に余裕のない時に、頑張りたくない。そんな時に努力できる人ばかりではない。少しでも楽がしたい。そう思ってしまいがちにもなる。
でも自分の思い通りにことが運び、関係を築きたいとしか考えない。それでうまくいかなければ、「縁はなかった」として捨ててしまう。近年そんな人が増え、なかなかうまく馴染めない人が増えてきたように思う。しんどい人が楽をすることができない状況になってきている。しんどい人がますますしんどくなるような、救われることなど望めない世の中になってきている。
“押して駄目なら引いてみな!”
今はあまりしんどさを感じていない者として、考えられる人間でありたいな。ただ自分のことだけ考えるのではなく、そばにいる人とうまく関係を築いていける、その方法を。
“押して駄目なら引いてみな!”
押し戸もあれば引き戸もある。開き戸もあれば回転扉もある。
扉を壊さず引き出したい。出会えた人の心。扉を開き、その力を引き出したい。
posted by かおり at 21:38| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月26日

「75日」

“人の噂も75日”
だから「そんなのほっとけばいい」と言われる。自分でも「そんなのほっとこう」と思う。けれど、その噂が「誤解」である場合、とても悲しい。なぜならその場合、その噂は「よくないもの」が多いから。あることないこと言われ、聞いて傷付くものが多いから。
そんなの否定して消し去りたい。そう思うのは当然。だから必死になる。「それは違う!」と、噂を塗り替えるのに。
けれど経験上、立てられてしまった噂は否定すればするほど、悪い方向にしか転がらないらしい。「往生際が悪い」とかなんとか思われて。
私「誤解」を無視して笑っていられるくらい、悲しみを我慢して耐えていられるくらいタフじゃない。どちらかと言えば血の気は多く、少しでも違うことを言われると、すぐカッとして、やーやー言ってしまう。だから、悪い方向にしか転がらなかったことは沢山ある。
75日。
もしも私に、その時間を辛くても平然と過ごすことができていたなら、きっとうまく噂なんて消すことができていたんだろうな。
噂より身で示されることの方が、強くて正しいのだから。
posted by かおり at 22:11| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「友人関係」

言いたいことも言えない。困ること嫌なことでも「困る」と言えない。それはいくら年齢に差があろうとも、経験に差があろうとも、決して「友人関係」にはならない。それは「主従関係」であって。
そう。もしも相手と「友人関係」でありたいと思うなら、たとえそこに大きな違いを感じることはあろうとも、あらゆる分野において「上下」、「優劣」をつけるべきではない。
人には「得意不得意」 がある。だから相手よりあなたが「できる」こともあるだろう。相手の「手助け」をすることもあるだろう。
でもそれは、「一緒に成功したい」から。「一緒に」は同列であり、そこに「上下」や「優劣」などない。求めない。求めてはいけない。つまり、「一緒に」を目指す「友人関係」は、同列である。同列でないことはありえない。
「人間関係」「友人関係」を保っていることは、とても難しいもの。気を抜くとすぐにひずみは生まれ、崩壊してしまう。双方(違う人間)がいつもそれを気に止め、同じように思えていなければならないのだから。
誰もが求める、「あたたかい空気」を保っているために。
posted by かおり at 22:10| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月14日

「嫌だから」

人間関係。
その取扱説明書は無限にある。決まった一つのものではない。それが増えていくにしたがって、多くの種類のものを持つ必要がでてくる。別の取り扱いをしてしまったならば、その関係は簡単に壊れてしまうこととなるから。修復不可能なくらいこっぴどく。そのつもりはさらさらなくとも。
だから難しい。沢山の関係をつくり、それを継続していくのは。その都度その関係の取扱説明書を正確に取り出し、間違いのないように行動する必要があるから。
でも、その取扱説明書を読み込み頭に叩き込んでしまえたなら、心や体に覚え込ませてしまえたなら、その取扱説明書は不要となり、また新たな取扱説明書に挑むことができるようになる。そうやって人のキャパシティ、包容量対応量は増えていく。
そう。人間関係の取扱説明書は一つでも多く読み込み、できるだけ多くの関係に対応できるようになりたい。
私はとても寂しがり屋で、いついかなる時もそれぞれの場面で、孤独になるのは嫌だから。
posted by かおり at 23:06| 大阪 | Comment(1) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月12日

「飛ぶために」

翼があるから、羽ばたく力があるから飛ぶことができているのだろう。
もしもそう思っているなら、それは大きな間違い。なぜなら…、
私は高所恐怖症。少しでも「落ちるかも」という不安があれば、高く飛ぶことはもちろん、羽ばたくことさえもためらってしまう。たとえ絶対にかなえたいことがあろうと、それに向かって進もうとすることすらできないくらい。
そう。こんな臆病者で弱虫がかなえたいものに進むためには、何重もの「安全策」が必要。たとえ落ちたとしても潰れず、怪我一つしないくらい強固なものがいつでも。
実際今、「安全策」をもたらしてくれる人は沢山いるが、忘れてはいない。新たにそういう人を見つけるアンテナは、いつもビンビンに立っている。そして沢山の人を魅き(ひき)つけられるよう、できているかは分からないが、いつも素は磨こうとしている。「この人のそばにいたい」、そう思ってもらえるように。
今飛べているのは沢山の人が助けてくれているから。その事実に感謝しながら。
posted by かおり at 22:56| 大阪 ????| Comment(3) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月07日

「乾燥機」

マイナスな空気、辛いことからは逃げたい、避けたい。自分自身が暗く落ち込んでしまいそうになるから。誰だって、明るく楽しく活動できる場所を好むに決まってる。
たとえそこがどんなに良いことをしていても、そこ自身がじめじめ暗かったり、強制的で辛い場所だったら人は集まってこない。「義理」でそこにいる人、他に行くとこがなく、逃げたくても逃げるのが下手で、捕まってしまった人くらいしか。
そしてそこに捕まってしまったが最後、抜けるのは難しくなってしまう。
何故?って?
じめじめした暗いとこにいたら翼はしめり、飛び立てなくなってしまうでしょう?強制的に翼を縛られたり折られてしまったら、羽ばたくこともできないでしょう?
もしも今私の書く文章が、そのしめった翼たちの乾燥機になっているのなら素敵だな。おこがましいながらも、いつもそう思っている。
まあ私の生み出せる熱量で乾く翼なんて、あってもごくわずかなんだろうけど。
posted by かおり at 15:20| Comment(2) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月05日

「目指そう」

意味があるのは年月でなく
意味があるのはその中身だと
重みあるのは量でなく
重みあるのはその質だと

この命
生きる中で学んだ
他の命
出会う中で学んだ
人生観
それは自分だけのものでなく
人生観
それは周囲みんなのものと

意味があるのは数でなく
意味があるのはその濃さだと
重みあるのは自益でなく
重みあるのは他益だと

この命
限りあると諦めないために他の命
当てにならないと思いたくなくて
人生観
闇に沈んでしまわないように
人生観
いつか誰かに手渡せるように

目指そう
−誰かのために何かをすれば花が咲く−
いつかそんな「花咲き山」に
大輪の花を咲かすこと

(2008年5月枚方市民発情報誌LIP掲載)
posted by かおり at 22:00| 大阪 ????| Comment(4) | TrackBack(0) | poem | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ウコッケイ」

ウコッケイの卵を知っているだろうか?
少し小さめ(M玉よりも小さい)で、見た目も中身も(味も)普通の卵と変わらない。だけど栄養価は非常に高く、それに比例して値段も非常に高い(一つ500円くらい)。
知らない人は疑問にしか思わないだろう。そしてあったとしても避けて買うことはないだろう。「は?」なんて捨て台詞を残して。
人間だって同じ。
どんなに影にいいものを宿している人間でも、少しとっつきにくさがあったりすると、付き合いに疑問を持たれて孤独に苦しむようになる。それが続いて、自己否定に陥るようにもなる。
同じ世の中に生きている人間として、自分の言動でそういう悲しむ人をつくりたくないな。「変わり者」とされながらも、柔らかく暖かい空気の中で育まれ、今の才能(?)を開花できている自分のような人間を、つぼみのまま枯らしたくないな。
そのことによって、自分自身が理解されなくなってしまうかもしれない。でもそれでもいいさ。
ウコッケイの卵を、その価値を知っている人はきっといる。
posted by かおり at 21:59| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | かおりのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする